ヤギ先生の世界史教室

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【ノート】西洋史18.フランク王国の発展

Why ①なぜフランク王国ゲルマン人諸国の中で有力となり、ヨーロッパの統一に成功したのか。

   ②なぜカールの戴冠は歴史的に重要な出来事なのか。

 

【1】フランク王国の発展 

※要因:①カトリック(アタナシウス派)への改宗  ②ローマ人との融合

[1]メロヴィング朝の成立

●481年 メロヴィング家のクローヴィス(位481~511)がフランク人を統一(パリ中心)

     ⇒ ガリ中部まで領土を拡大 ⇒ 東ゴート王国とならぶ強国となる。

●496年 クローヴィスの改宗(1) …キリスト教の正統派アタナシウス派に改宗

 ⇒ローマ=カトリック教会と関係を深め、ローマ人貴族を支配層に取り込み、その権威を継承。

※他のゲルマン諸民族は異端派のアリウス派のキリスト教を信仰

アタナシウス派アリウス派の違いを説明できるように。

 ●6世紀なかば、ガリア南東部のブルグンド 王国を滅ぼし、全ガリアを統一

 ●8世紀 メロヴィング朝が衰退、宮宰(マヨル=ドムス)(2)が実権を握る

[2]イスラームの侵入 …ウマイヤ朝の勢力が北アフリカに及ぶ

 ●711年 イベリア半島に侵入、西ゴート王国を滅ぼす⇒ピレネーを超え、ガリアに侵入

 ●732年 トゥール・ポワティエ間の戦い(3)

  ⇒フランク王国の宮宰カール=マルテルが活躍し、イスラーム軍を撃退

[3]カロリング朝の成立(751)(4)…カール=マルテルの子ピピンが王位を奪う

  ⇒ ローマ教皇ステファヌス2世からフランク王国の王位を認められる

●754年 ピピンの寄進(5) (6)…ピピンラヴェンナ地方ローマ教皇に寄進

              (ローマ教皇にフランク王位を認めてもらった返礼として)

  意義:ローマ教皇領が成立して大領主となる第一歩となり、フランク王国との結びつきが強まった。

【補足】

(1) クローヴィスが改宗したのは496 年。カトリック正統のアタナシウス派に改宗。妻のクロティルドがカトリックであったことも影響。他のゲルマン人の多くは異端のアリウス派を信仰。

(2) カール=マルテルがつとめた 宮宰 という地位は“家政の長”。メロヴィング家に関することを取り仕切る立場。

(3) 732年にカール=マルテルがトゥール・ポワティエ間の戦いで破ったのは、アフリカ北部を渡ってイベリア半島を北上してきたイスラム王朝の ウマイヤ 朝の勢力。

(4) ピピン751年にカロリング朝を創始。

(5) ピピン教皇に寄進したラヴェンナ地方は ランゴバルド 王国の故地(一部)。

(6) この「ピピンの寄進」がのちの教皇の始まり。

 

【2】カール大帝による繁栄   

  ※カール大帝は仏語でシャルルマーニュ

現在のフランス、ドイツ、イタリアとその周辺にまたがる大帝国となり、後の西ヨーロッパ世界となった。

[1] カール大帝(位768~814) …フランク王国カロリング朝ピピンの子

【外征】

 ●一代で領土を拡大し、西ヨーロッパの大部分をフランク王国領に

 ●北イタリアのランゴバルド 王国征服、ドイツ北東のザクセン人を服従させる

  ⇒ ゲルマン諸部族の大部分が統合され、ローマ=カトリックに改宗進む         

  東方 パンノニア(現ハンガリー)に侵入したアルタイ語アヴァール人を撃退

  南方 イベリア半島に進出してイスラーム勢力と戦い、北東部(カタルーニャ地方)を領有(7)

【統治】

 ●全国を州に分けそれぞれにを置き、巡察使を派遣して監督(8)

  ※国境地帯には辺境伯を置く ⇒ 中央集権的に支配 ⇒ ビザンツ帝国と並ぶ大国に

 ●カロリングルネサンス(9)…アルクインを招き、古典文明の復興を目指す

[2] カールの戴冠(800年)(10)

ローマ教皇レオ3世が、カール大帝ローマ皇帝の帝冠を与える

   =「西ローマ帝国」の復活を宣言する意味

  【背景】聖像崇拝問題でビザンツ皇帝と対立していたローマ=カトリック教会が政治的保護者を求めたため。

●歴史的意義 

 政治上:西ヨーロッパ世界を安定させ、ビザンツ帝国に対抗する政治勢力が成立した。   

 文化上:古典古代・キリスト教ゲルマン人からなるヨーロッパ文化圏が成立した。    

 宗教上:ローマ教会ビザンツ皇帝から独立し、西ヨーロッパでの権威を確立した。     

地中海世界の分裂   

 西ヨーロッパ世界:宗教面ではローマ=カトリック教会、政治的にはフランク王国が支配する世界。

 東ヨーロッパ世界:宗教面のギリシア正教会と政治面でのビザンツ帝国が一体となった世界。

 イスラーム世界:イベリア半島、イタリア南部、小アジア北アフリカイスラーム勢力が支配。

(7) カール大帝が破ったイベリア半島イスラム王朝後ウマイヤ 朝。

(8) カール大帝は各地方にを設置して軍事・行政・司法を委ね、巡察使を派遣してそれを監視。アケメネス朝のダレイオス1世が行ったサトラップ制と似ている。

(9) カール大帝は民族移動で荒廃した文化を復興。これをカロリングルネサンスという。

(10) 800年のカール大帝の戴冠は、形式上の 西ローマ帝国の復活といえる。